2010年2月22日
磐梯高原の歴史
猪苗代湖がある磐梯山南側の表磐梯に対して、北側にあたる旧・檜原(ひばら)村(現・北塩原村)一帯は裏磐梯とよばれていた。1888年(明治21年)7月15日の磐梯山噴火時に発生した小磐梯の山体崩壊により、裏磐梯側に12~15億立方メートルともいわれる岩屑(がんせつ)なだれが起き、長瀬川とその支流中津川・小野川・檜原川などを埋めて誕生したものである。同時にそれは秋元、細野、雄子沢(おしざわ)の3集落を呑み込み、さらに同年末には旧・檜原本村も水没し、死者・行方不明者数は477人にのぼるなど甚大な被害を残した。その後しばらく数十年は荒涼とした原野のままであったが、遠藤現夢(遠藤十次郎)・宮森太左衛門・斎藤丹之丞・中村弥六らはここに犠牲者の供養をするとともに、1340haに及ぶアカマツやスギ、ウルシなど10万本の植林をすすめ、現在の緑豊かな高原として生まれ変わったという。そして戦後、観光開発に伴い磐梯高原と呼ばれるようになり、1950年(昭和25年)に一帯は周辺の火山とともに磐梯朝日国立公園に指定された。山岳道路等はそれ以降相次いで整備されたものである。
磐梯・吾妻・安達太良などの火山群は、非常に地形の変化に富んでおり、対して桧原湖・五色沼に代表される湖沼群はその総数200~300ともいわれ、その水質や沈殿物、あるいは生育する植物の違いにより色を変え、ひっそりと森の中にたたずんでいる様は、会津地方はもちろん福島県を代表するリゾート地として充分な魅力である。また有料道路・遊歩道も整備され、新緑や紅葉の季節はもちろん夏は避暑地として、冬はスキー場、桧原湖のワカサギ釣りなど四季を問わず楽しめ、ホテル、ペンション、民宿など宿泊施設も整っている。
磐梯吾妻スカイライン(磐梯吾妻道路)は、福島市の高湯温泉と国道115号旧道の土湯峠を結ぶ28.8キロの福島県が管理する有料道路。昭和35年11月5日開通、火山群の荒々しい景色を縫うように走り、浄土平からは一切経山(いっさいきょうざん)・吾妻小富士への登山道がある。また立ち入り禁止の区域は、火山ガスが発生しているため立ち入りは厳禁であり、同様の理由で道路にも駐車できない箇所があるので、窓を閉めて進むのが望ましい。
磐梯吾妻レークライン(第二磐梯吾妻道路)は、国道115線の高森地区から入り小野川湖畔に至る13.1キロの福島県が管理する有料道路。昭和47年10月20日開通。安達太良展望台を越え、大倉川に沿って進むと、秋元湖・中津川が見えてくるが特に紅葉の中津川渓谷は絶景、やがて荒々しい磐梯山の噴火口が一望できる。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
磐梯高原に一度行きましたが、とても空気がおいしかったです。
相互リンク31
札幌 風俗 風俗 柏 秋葉原 風俗
青山 風俗 アリバイ 金融 エステ 格安
私書箱 新宿 秋葉原 風俗 最高級 デリヘル
デリヘル 新宿区 デリヘル
- Permalink
- by
- at 14:20